トミーヒルフィガー|オールアメリカンスピリット

レンツォ・ロッソは1955年イタリア北東部のパドヴァに生まれる。産業織物製造学校で教育を受け、1975年に学校を卒業。それから自分の服を作り始める。

1978年、地元の幾つかの製造業者からなる団体に加わり「ジニアスグループ」を形成。同年、レンツォ・ロッソとアドリアノ・ゴールドシュミッドにより、ジーにアスグループの14ブランドのうちの一つとして「ディーゼル」が誕生。

DIESELという名称は、二人によりつけられた。由来は、「世界中どこでも同じ製法で作られ、又、同じスペリングで表される言葉」からきている。

1979年、初のメンズのコレクション展開。81年、イタリア国外への輸出始まる。

1984年、キッズライン 「Dieselito」 誕生。

1985年、レンゾ・ルッソがパートナーの権利を全て買い上げて、ディーゼルを完全買収し、独立。ディーゼルの完全な管理権を握る 12ブランドのうち一番愛着のあったのがDIESELだった。レンツォ・ロッソの信念、「世界に一つの言語とプロダクトで挑む」に基づき、五大陸全部に確実な物流ルートを引くことで拡大させる方向へ進む。

1989年、レディースライン誕生。

1991年、ブランドコンセプトである「For Successful Living」を前面に出した広告キャンペーンと共に、グローバルマーケティング戦略を展開。1994年、「55DSL」 誕生。マイアミ、サウスビーチにペリカンホテルをオープン。

1996年、ディーゼルの最初の旗艦店をニューヨーク、ローマ、ロンドンにオープン。ディーゼルがミラノのボッコニ協会から、その年のイタリア最優秀企業として「Premio Risultati賞」を受賞。また、ディーゼルのハイレンジコレクション 「DieselStyleLab」が誕生。ロンドンコレクションでショーを開く。

1997年、イギリスの雑誌「Select」にて「21世紀に影響を与える人物の一人」としてレンゾ・ルッソの名が取り上げられる。テレビコマーシャル2作品がカンヌ国際広告祭グランプリを受賞。

1998年、レンゾ・ルッソがカンヌ国際広告祭で「アドバタイザー・オブ・ザ・イヤー」に選ばれる。

1999年、「DIESEL KIDS」がイタリアのヴィチェンツァ、「55DSL」がスイスのバレルナを拠点とする独立会社として分離。また、スタッフインターナショナルを設立。

2001年、年間総売上高が5億ユーロを超える。アマチュアミュージシャンをサポートすることを目的としたDiesel-U-Musicがイギリスでスタート。レンゾ・ルッソがイタリアのアーンスト・アンド・ヤング革新部門で「企業家賞」を受賞。

2002年、子会社「Diesel Deutschland」、「Diesel Finland」、「Diesel Finland、Diesel Japan」設立。カール・ラガーフェルドとコラボレートし、「ラガーフェルドギャラリーバイディーゼル」 を展開。レンツォ・ロッソがマルタンマルジェラの過半数株主となる。世界中のファッションデザインスクールの学生や新卒社の為のファッションコンテストITSのサポートスタート。

2003年、 ジュエリーラインをスタート。 「The Face」の「Powerful People in Fashion in 2004」にてレンゾ・ルッソが5位に選ばれる。2004年、レンツォ・ロッソがモンテカルロ・ビジネス・エンジェルス・フォーラムより優れたビジネスマンに贈られる「インターナショナル・リーディング・エントラプレナー・アワード」(ILEA)を受賞。

2005年、ドイツの最有力業界誌“Textilwirtschaft”が経済界に功績を残した人物、企業に贈る「フォーラム賞」をレンゾ・ルッソは受賞。レンゾ・ルッソはがイタリアのピッティ・インマージネ・ウォモがクオリティーの高さや革新さに加え、成功を収めたイタリアの企業や人物に贈られる「ピッティ・インマージネ・ウォモ賞」に輝く。ディーゼル、NYのファッション・ウィークに初参加。

2008年、アディダスがコラボレーションを開始。

ディーゼルの魅力は、厳選された素材・独自の技術・デザインの細部にまで向けられたこだわり。シルエット、部分的なステッチのカラー、ウエストバンドのデザインなど。これまでのファッショントレンドというものを全く無視した、他に類を見ないものです。そのため、素材選びや縫製技術には得に細心の注意を払っています。商品開発においてもディーゼル独自の方法で取り組み、常に、「ディーゼルのやり方」を貫いています。 これらのこだわりぬかれたデザインは、様々な文化的背景を持ったデザイナーと、彼らの独創的なリサーチや発想によって生み出されている。それは、ディーゼルファンを飽きさせないばかりか、ファンを増やす理由にもなっている。

DESIGNER PROFILE

レンツォ・ロッソ

レンツォ・ロッソ
Renzo Rosso

1955年イタリア北東部のパドヴァに生まれる。産業織物製造学校で教育を受け、1975年に学校を卒業。それから自分の服を作り始める。

1978年、地元の幾つかの製造業者からなる団体に加わり「ジニアスグループ」を形成。同年、レンツォ・ロッソとアドリアノ・ゴールドシュミッドにより、ジーにアスグループの14ブランドのうちの一つとして「ディーゼル」が誕生。

1985年、レンゾ・ルッソがパートナーの権利を全て買い上げて、ディーゼルを完全買収し、独立。ディーゼルの完全な管理権を握る 12ブランドのうち一番愛着のあったのがDIESELだった。レンツォ・ロッソの信念、「世界に一つの言語とプロダクトで挑む」に基づき、五大陸全部に確実な物流ルートを引くことで拡大させる方向へ進む。

1997年、イギリスの雑誌「Select」にて「21世紀に影響を与える人物の一人」としてレンゾ・ルッソの名が取り上げられる。

1998年、レンゾ・ルッソがカンヌ国際広告祭で「アドバタイザー・オブ・ザ・イヤー」に選ばれる。

2002年、子会社「Diesel Deutschland」、「Diesel Finland」、「Diesel Finland、Diesel Japan」設立。カール・ラガーフェルドとコラボレートし、「ラガーフェルドギャラリーバイディーゼル」 を展開。レンツォ・ロッソがマルタンマルジェラの過半数株主となる。世界中のファッションデザインスクールの学生や新卒社の為のファッションコンテストITSのサポートスタート。

2003年、 「The Face」の「Powerful People in Fashion in 2004」にてレンゾ・ルッソが5位に選ばれる。2004年、レンツォ・ロッソがモンテカルロ・ビジネス・エンジェルス・フォーラムより優れたビジネスマンに贈られる「インターナショナル・リーディング・エントラプレナー・アワード」(ILEA)を受賞。

2005年、ドイツの最有力業界誌“Textilwirtschaft”が経済界に功績を残した人物、企業に贈る「フォーラム賞」をレンゾ・ルッソは受賞。レンゾ・ルッソはがイタリアのピッティ・インマージネ・ウォモがクオリティーの高さや革新さに加え、成功を収めたイタリアの企業や人物に贈られる「ピッティ・インマージネ・ウォモ賞」に輝く。

BRAND DATA

BRAND ディーゼル
COUNTRY イタリア
DESIGNER レンツォ・ロッソ
URL http://www.diesel.co.jp/site.html

製品の特長

世界に一つの言語とプロダクトで挑む

その信念のもと、個性あふれるデザイナーの独創的なリサーチや発想によって革新的なスタイルが生み出されている。

細部にまで向けられたこだわり

厳選された素材・独自の技術・デザインの細部にまで向けられたこだわりはファンを飽きさせないばかりか、ファンを増やしている。

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